児童集会
一年ぶりの全校集会。
一年生は、とにかく遊ぶに徹した。
私もあちこち見て回ったが、全てがおもてなしに満ちていた。
三年生以上は出店しゲームやクイズや宝探しなどの
遊びを演出した。
昨年はクラスに張りついて全く全容を知らない。
今年は子どもたちと全てをまわり、楽しそうに
遊ぶ姿を目の当たりにした。
低中高学年それぞれが楽しめる工夫がされていて
見ていて微笑ましい1日である。
一年ぶりの全校集会。
一年生は、とにかく遊ぶに徹した。
私もあちこち見て回ったが、全てがおもてなしに満ちていた。
三年生以上は出店しゲームやクイズや宝探しなどの
遊びを演出した。
昨年はクラスに張りついて全く全容を知らない。
今年は子どもたちと全てをまわり、楽しそうに
遊ぶ姿を目の当たりにした。
低中高学年それぞれが楽しめる工夫がされていて
見ていて微笑ましい1日である。
やられた。
三年間予備校でお世話になった先生に久しぶりにメールを
送った。こんなに子どもたち変わってきましたよ、と報告をした。
しかし、返信はガツン!であった。
もっと謙虚に、常に向上心を忘れずに進みなさい。
受け取った直後は相当へこんでショックだったが、時間をおいて
読み返すと、反省すべき点が多かったように思える。
この商売は自慢大会ではない。
そんな初歩的なことを再認識する一日であった。
夕方来客あり。
組合のお誘いである。初任者のところを回っているらしい。
「ぶっちゃけ、加入してもらえませんか?」ということなので
「じゃあこちらも・・・」といままで続いてきた無視や嫌がらせ
をストレートにぶつけた。
やはり法律違反(ストライキ)まで犯す過激集団とは仲間に
なりたくない。わざわざ高い金を払って過激派に加入する
リスクを受け入れるほど、頭は悪くない。
いまさらな感じもするが、食指導を少しした。
テーマは、いただきます。
どのような意味でこの言葉を使うのか子どもたちに
聞いてみた。意外と一割の子どもが回答した。
『あなたの命を、いただきます』
我々人間は、他の生物の犠牲の上に生かされている
存在であることを改めて確認した。
昨日観てきた映画の影響である。三連休なにしてた?
の朝の話の延長線でこの話題を切り出した。
嫌いだ、苦手だ、と残すのは贅沢なことである。
全市から400人近くの教諭が集まって教育課程研究会が行われた。
本校からも2名代表者が参加した。一人は体育科としてそして
もう一人が私、生活科として参加をした。
中堅やベテランが集まって日頃の実践を紹介し合ったり、討議が
行われる中、どう考えても場違いな初任者がぽつんと一人・・・
という状態であったが、午後に行われた教科ごとの討議では
いつものよ~うに、好き勝手言いたい放題で過ごした。
運営や司会の苦労を考えると黙ってはいられないタイプで、
相当的が外れていようと、何か意見してしまう悪い癖である。
しかし、そこから話が転がればよい方向が見えてくるかもしれない。
そんな、あて馬的な存在でもいいかな、と思っている。
おおいに出る杭になろうと思う。
年度当初から(ひらがなの練習から)一貫したルールがある。
実物投影機で子どもたちが持っているものと同じ練習帳を
黒板に大写しする(6月まではテレビに映していた)。
子どもたちの表情を見ながら、字の形で注意するところや
字のなりたちなどを話しながら、一画一画確認しながら
手本を描いてみせる。
指を頭の上にあげて、書き順を確認する。私は表裏逆で
書いて、子どもたちと一緒に頭上に文字を書く。
練習帳の字を指でなぞる。
はじめて鉛筆をもたせて一画一画書き順の練習をする。
クラスで進めるのはこの書き順と文字の練習まで。
今なら漢字を使った言葉や文の練習は早く進んだ子は
取り組むが、ゆっくりやった子どもは朝学習にじっくり取り
組むことにしている。もちろん練習帳の練習が終わった子
には、さらなる練習をさせるだけである。
「いつもどおりだよ」
この一言で、クラスが安心して学習を進められるように
ようやくなってきた。
おそらく教育者としてはしてはいけないことを書いてみる。
今日の5時間目。
掃除の時間に昨日、本日と当番の仕事を怠けた子がいた。
当然のことながら、友達に注意された。「明日はお願いね」
ということを昨日約束をしていたようであった。しかしながら
今日も声をかけたにもかかわらず、無視をして怠けた。
当番の中で、明日、明後日とその子(Aとしておく)が当番を
することで、子どもたち同士解決をしようとしたが、それも
無視をされて返事をしてくれなかった、ということだ。
子どもたちに聞いてみた。
Aがクラスのみんなの話を聞いてくれないから、みんなもAの
話を聞かないことにしていいかい?
これにクラスがキレた。
お互い様だから当たり前だ。もうAの話なんか聞かない!
当然、Aは大泣きである。いやだいやだ、と泣き崩れていた。
これは本人の発達段階もあるので、みんな同じように成長
することを強要してはいけないのである。トラブルから学ぶ
ことが将来の役に立つと考えている。
しかし、ここからがこのクラスのとんでもなく素晴らしいことだ。
「でもさ~Aがいない1年2組なんて1年2組じゃないよ!」
「そうだよ!30人みんなで2組なんじゃないの?」
これには、頭に血がのぼりながら指導していたこちらが
ふっと冷静になり涙がこぼれそうになった。
Aもいっそう大泣きである。
実はちょうど一年前、突然クラス担任を任されて今日が
1周年なのである。毎日をクラスの子どもたちと一緒に
生活する経験がちょうど一年ということになる。
自分がこんな立派に育てた、とはとても言えない。
そこまでの実力はまだまだこれからつけていくことである。
しかし、昨年度の経験を踏まえて、はじめて年度初めから
担任している子どもたちが、こんなに立派な態度がとれる
ように成長している、ということがとてもうれしかった。
みんなで!
これがこのクラスで徹底しているルールである。
それがしっかりと身についてきた。うれしい一周年である。
改めて断わっておくが、歳はいっているが初任者である。
この業界に足を踏み入れてから1年半しか経っていない。
しかし、意識の点では一切引く気はない。
昨今は、職員室内の閉鎖LANの導入を教務主任とともに
進めている。昨日は業者が設定に来たが、作業が滞り
完成度は35~40%といったところ。
本日、業者は来ていないが夕方教務主任と再度細部にわたる
打ち合わせと確認を行った。案の定教務主任の認識から
すっぽり抜け落ちている点を指摘することができた。
そこで、もう一つ並行して職員室内でたくらんでいることがある。
ICT教育への挑戦である。個人的には年度当初から学校所有
の実物投影機を教室に持ち込み、視覚に訴える教え方を工夫
してきた。夏には個人所有のプロジェクターと実物投影機を
用意した。そのこと自体は自慢する気は全くない。
好きでやっているのだから、100円ショップで教具をそろえる
延長線のような感覚である。
しかし、ICT活用は教師の「授業力」の上にこそ成り立つ。
私のように「授業力」不足の物がいくら使っても、いわゆる
猫に小判状態なのではないか?と思い続けてきた。
幸い先日ICT活用の研修会に参加できたため、本校の
研究部長に資料を提示し、教員分のパンフレットを手渡した。
追い打ちをかけるように、実践発表会が7月に終了して
どこか尻つぼみ的になっている研究部に対して、校内での
研究会を提案してみた。せっかく参加した研修会を他の
教員にも知ってほしい、もっとこうしたら良いのではという
意見も欲しいという下心もある。
話はとんとん拍子に進み、12月9日10日の日程で、
初日、全校研究全大会後、実技研修。
(私がICT活用の模擬授業を行う。当然低中高学年向け
すべて行うつもりでいる。)
翌日、前日を受けて子どもたちの様子を見てもらうため
授業公開をする。いわゆる校内研究会である。
授業は書写。漢字の練習をおこなう。
まあ、いつも通りを多くの人に見てもらい教え合おう、
という単純な思い付きから始まった出しゃばりである。
本日体調管理が悪く、絶不調の一日であった。
ところが、あらかじめ朝の会で子どもたちに
その旨をお願いすると、きちんといつも以上に
集中力が増し、みんなで助け合って活動をして
一日を過ごすことができた。
生活科では、過去の学習の整理整頓を行い
これから各家庭でのお手伝いのヒントを与えた。
途中、体がしんどくなり、板書で指示をしだした。
すると、誰とも無く「なんか書いてるよ」
「次これするんだって!」と全体が動き始める。
おかげでかなり楽に一日を送ることができた。
じぶんのことはじぶんでしよう
この学年目標はすでにクリアされつつある。
それをクラスだけに留めておかないように
さらなる向上を目標としたい。
本日新しい学習指導要領の勉強会が行われた。
今回が二度目で、全ての教科が終了した。
一人ずつ教科を担当し、主な変更点や
移行時期の措置について発表をした。
一人1教科ということで負担も減り、また
全体で交流することで認識を共有もできた。
今日の発表を受けて、次年度のカリキュラム
作成が本格的に始まる。
本日は昼から研修会であった。
ICT活用の研修会で少々特別なルートで
参加させていただいた研究会であった。
熱い仲間たちと共に学びを深めた一日であった。
外に出ないということは、どれだけ視野を
狭めるかということを思い知らされる。
隣とかはす向かいで、すごいことが行われていて
自分だけが置いていかれているのかもしれない。
そんな危機感も感じながら参加していた。
懇親会では、雲の上のような人から
「いや~元気そうで何よりだね」と
手を差し伸べられ、熱い握手を交わしたことも
思うところが多い大切な一日となった。
本校で取り組んでいる活動に百人一首がある。
ちょうど一年くらい前にも同じネタで書いた気がする。
今年は子どもたちと同じ読み方のプリントをもらい
挑戦しようと思うのだが、さっぱりわからない。
文字がまず読めないのである。
子どもたちは形で覚えるようなのだが、
変に大人は読もうとしてしまう。
この辺がやわらか頭と頑固おやじの差であろう。
でもレベル1くらいは一緒に覚えよう。
ちなみにレベルは8まである。
国語は漢字のつくりに入った。
山、雨、川などの成り立ちを学ぶ。
一年生の今のうちに漢字に親しむ
ことはとても大切だと考える。
単なる漢字練習ではなく、豆知識を
一緒に学ぶことで関心も高まる。
…といいな。
今日は二時間目と中休みまで使って話し合いをした。
議題はみっつ。
1:給食のストローがいつまでたってもきちんと捨てら
れない。どうするか?
2:掃除のバケツの周りに水が飛び散ってなおらない。
どうするか?
3:これからのクラスをどのようにしていくか?
である。
みんなが、それぞれ意見を出し合って、1と2はクラス
の新しいルールを決めた。
3については、クラスが仲良くなりきっていて、友達を
思いやれない言動がたまに出てしまう。
それがもとでいざこざが起きることがあるのである。
もう一度、友達って何だろう?ということを考えさせた
かった。
「ごめんね」をゆるせない。友達の意見を聞かずに
我を押し通す。発達段階を考えれば多くを求めすぎ
なのかもしれないが、できる子どもたちだからあえて
多くを求めてみた。
あくまでも目標は「学校で一番のクラス」である。
学年など関係ない。6年生を追い越したいのである。
三、四時間目は図工。
新聞紙を持ち寄って、大きな素材に触れる授業。
活動は8人のグループで行った。
まずは、いつも通り話し合い。
なにをつくろうか考えてから作成に取りかかる。
たまたま初任者研修で昼から外出であったため
朝から補充のベテラン教諭と二人で指導した。
そこでだ。
私は発達段階も考慮して『みんなで』という
意識を常に持って指導してきた。それがクラス
みんなが仲良しという環境を作り上げてきた。
しかし、一つのグループで一人だけ意見が
分かれる事態となった。たまたま居合わせた
補充の教諭が「他の人の意見に合わせなさい」
と言ってしまったので、その子は二時間泣き
続けて、結局活動が出来なかった。
私は、クラスを任せてその子の肩を抱き
ずっと話を聞いたり、慰めたりしていたのだが
立ち直すことは出来なかった。
多数決というルールを教えてない子どもたち
なので、後期の課題としたい。
当然夜に保護者にお詫びの電話を入れた。
気にして居なさそうだったことと、昼私が
出かける際に「気をつけて行ってきてね」
と廊下まで見送ってくれた笑顔が
唯一の慰めであった。
生活科は、みんな大好きをやっている。
おうちの人とどんな関わりをしているか、という内容である。
扱いようによっては非常に危ない単元なのだが、
幸い私のクラスは、何とかなりそうな状況なので
おうちの人と、遊ぶとお手伝いに分けて、その様子を
絵と文に表した。
最近、国語科でも生活科でも文三つ、という練習を
している。ずいぶんとそれが出来てきた。
最初は同じ文が繰り返されたりもしたが、かなり
きちんとした文章を書く子どもが多い。
『活用力』を意識しながら毎日を過ごしている。
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